▼ Caution
Killer(殺人鬼)というのは、Survivor側から見ての呼称だと思うので、文中のKiller側の管理人(夢主)は葬送者という言葉で表現しています。
管理人にとってKillerの方々は、Entityさまに贄を捧げる聖職者・神主のようなモノです。宗教者です。
視点者の管理人以外、一切喋りません。

以上のことが大丈夫な方のみどうぞ。

※この作品はメインサイトに再録済です。



Entityさま。

それが、私たちの神さまです。
私たちの、唯一の神さまです。
陽元 落ちた その先に
今日も一日が始まる。朝日が昇る前に、葬送者の方々が戻ってきて、私の時間が動き始めるのだ。

二階の自室から降りて、帰って来た皆さんを出迎え、今日の贄はどうでしたか、と訊ねると、Trapperさんはいつも通りのマスクがより一層笑っているようで。

「そうですか、それは、良かったです」

そう返せば大きな手で私の頭を撫でてくれる。この無骨な、道具を扱うことに長けた手で撫でられるのが、本当に好きで、好きで、たまらない。あぁここに来るまでこんな感情を持ったことなんてなかったのに。

と、それに顔を緩ませていると、Nurseさんが私の顔を両手で挟んで持ち上げる。麻布に覆われた見えない視線は、けれど私を的確に射すくめてくるのだから、心臓に、悪い。いや、もうこの身に宿る心臓なんてものは動いてはいないのだけれど。気分の問題は大事だと思う。

「Nurseさん、大丈夫です。今日も私は元気ですから」

一度、病院で倒れているのを発見されてしまった時から、Nurseさんはこうして毎日私の顔色を診てくれる。きっと職業病と言うのはこういうことを言うのだろう。

頬を挟む手に自分のそれを重ねて笑うと、そう、とでも呟くかのように腕が下ろされて、代わりに私の腕が持ち上げられる。昨日巻いたばかりの包帯には、じわりと血が滲んでいる。

「……Nurseさん、お仕事の後に申し訳ないんですが、巻き直してもらえますか?」

それは昨日の私の仕事に関係している傷で、Nurseさんは粛々と頷いてくれた。するとさっと手首を取られ、部屋の真ん中にあるソファに座らされる。私の手を取るNurseさんの手は、ひどくぼろぼろだというのに、どこか目を奪われるうつくしさが備わっている。きっと彼女はそういったことを言われるのは嫌がるだろうけれど、私は仕事に徹したこの手が、とても好きだった。

巻いてあった包帯は捨てられ、消毒液をかけられて新しいガーゼと包帯が。この程度であれば自分で巻くこともできるのだけれど、どうしてだか自分で巻いてしまうと傷が治らない。塞がれることのないそれはだらだらとむやみに血を溢れさせ、大地に自分の痕跡を分け与え続けることになってしまう。

Entityさまに連れて来て頂くまでそんなことはなかったから、きっとこれはEntityさまの加護なのだと思う。独りで生きてきた私が、ひとりで生きられないようにと言う、思し召しなのだ。

Nurseさんが葬送者としてここに来るまでは、Wraithくんが私の包帯を巻いてくれていた。不器用な彼は、それでも私の小さな傷まで見つけて、悲しそうな顔をしながらケアをしてくれていたのだ。彼はあまりにも優しすぎて、ここに来るまでのことを案じずにはいられなかった。

そんなことを考えていると、ぽん、と腕を軽く叩かれて傷の手当てが終わったことを教えてくれた。こうしてNurseさんが巻いてくれると、二日ほどで傷は瘡蓋をつくる。それまで血が滲むのはEntityさまのやさしさなのだ。

頭を下げて、皆さんがそっとご自分の部屋へ帰って行くのを見送って、私はうっすらと明けてきた外へ工具箱を持って繰り出していく。

今日はColdwind農場の手入れだ。

トウモロコシが枯れないように手入れをしていると、無数の傷がついてしまう。トウモロコシの葉というのは意外に硬くて立派で、畑を両腕を泳がせるように抜けるともうびっくりするほど傷がついていて困るのが常だ。だから農場に行く前と行った後はNurseさんの検診が綿密になる。

けれど農場に行くことを止められないのは、一重に私の仕事がそれであるからとしか言いようがない。Entityさまから与えられた大事な大事な役目。
それは、葬送者の皆さんが贄を追いかけるこの場所で何らかの不具合に見舞われないよう、きちんと管理・修理するということだ。

各所にあるフックが緩んでいないか、贄を掛けた際の衝撃で壊れてしまわないか、あるいは例えばTrapperさんが使うトラバサミが欠けていないか、クローゼットの蝶番は破損していないか、扉は取れてしまわないか、などといったことを全て見回る必要がある。

……どうして贄が逃げ回る為の道具まで私が見て回るのかということを、一度深く考えたことがある。Entityさまは直接お答えしてはくれないけれど、そんなことでお手を煩わせてはいけない。それで、結論としては、贄が『逃げ回る』ことに意味があるのではないか、と。

葬送者の方たちから逃げる時、贄は恐怖を覚える。心音は高まり、歯を鳴らし、どうかそのまま行ってくれと、自分を見失ってくれと願う。その心に刻まれる恐怖こそが、Entityさまへ捧げる贄に相応しいのではないだろうか。

……恐怖に包まれる腑……いや、考えるのはよそう。ここでもし口に出していて、且つもしHillbillyくんが居たとしたら、チェーンソーで威嚇されていたかもしれない。良かった、ひとりで。本当に。

「っと、そろそろ陽が傾いてきた」

夕暮れ時のそれは私の時間の終わりを示していた。母屋の二階テラスから見えるそれはこれから訪れる月の時間を招いているように見える。今日も多くの贄が吊られるだろう。そうしたら、きっとEntityさまは喜んでくださる。多くの血が流れ、多くの叫びが響き、多くの肉が捧げられ、多くの恐腑が供物となる。これ以上にない、私のしあわせ。あぁ、はやく夜が来て欲しい。

だからそろそろ帰らないと。

そう中へ一歩踏み出した瞬間、落ちた。

「……ったぁ」

一瞬記憶が飛んで、自分の格好を見てみると、壊れた木の板と土埃にまみれている。なるほど、腐っていた床は私の体重を受け止めきれず穴が開いてしまったわけだ。まさに間一髪。葬送者の方や贄の方が知らずここを通り、無粋な怪我を負ってしまうなんてことは無くなったということで非常に喜ばしい。贄に刻まれていいのは葬送者の方がつけた傷だけで、必要以上のそれはEntityさまへの不敬となる。

「良かった」

落ちた際に倒れた木の柱は私の片足を見事なまでに潰していたけれど、そんなことはまぁどうにでもなるというものだ。さて、足を引きずって帰らなければいけないのだから、さっさと行動に移そう。この地に月光が降る前に、はやく、はやく。

そうして、私が管理人室に戻ると、いの一番にNurseさんが現れて(言葉通り瞬間移動で現れるから最初の頃は止まってる心臓がさらに止まるかと思った)、私の足を見るなり肩に担ぎあげる。この細身のどこにこんな力があるのか、いつも不思議だ。

実はNurseさんが来た当初はさすがに私もこの運び方は恥ずかしくて抵抗していたのだけれど、何度もお尻を叩かれるものだからするに任せるに限るということを学習した。人間は学習する生き物なのだ。うん。

どさりと誰も使わない客間のベッドへ下ろされて、てきぱきと無駄のない動きで準備し私の足の前に膝をつく。きっとリビングでやらなかったのは、Wraithくんが泣いてしまうからだ。彼は怪我自体に弱いけれど、『つぶれた』モノに特に弱い。とても弱い。私が両腕を落ちてきた自動車で潰して帰って来た時は、もうその日の役目が務まらないのではないかというほど狼狽していた。それでも月がのぼれば葬送者の顔になるのだから、しっかりしたものだと思う。

だから、これは私とNurseさんの秘密。血にまみれた白衣の天使を跪かせる背徳感。健康な方の足をベッドに上げて、両腕で抱えながらNurseさんが頭部に巻いている白い麻布頭巾の結び目に視線を落とす。それがひらひらしていて、何だか蝶々のようで可愛らしくて私は好きだ。

そうして、治療が終わったのかNurseさんは準備と一緒に持ってきてくれていた松葉杖を私に渡してくれる。この場所でこんなものが必要になるのは、虚弱な私だけだから、もうサイズは私の身体に合わされているのだ。

「ごめんなさい。……ありがとうね、Nurseさん」

私が言うと、Nurseさんはふっと、微かにだけれど確かに笑ってくれる。その微笑みも、私は好きだ。

杖を中心にして立ち上がり、静かに二階の自室へ。みんなを玄関で見送るのは、今日は諦めよう。もう寝てしまって、明日にはちゃんとまた別の場所の手入れに行けるように、ある程度までは自己回復をさせなければ。

二階の窓から外を見下ろすと、皆がそれぞれの場所へ散っていく。と、月の光で伸びたHagさんの影はにたりと笑い手を振ってくれたので、それに小さく振り返す。

「いってらっしゃいませ。よい夜を」

呟いてカーテンを、そっと引き、暗闇が降りる。

夜は、ひとりだ。
独りの夜は嫌いだった。でも今はそうでもない。きっとこの月明かりの下で皆さんがEntityさまへの供物を捕まえているのだと思うと、昼間の私が報われると、そう思えるから。

ここにいる人たちは、みな世界に裏切られている。きっとEntityさまはそういう人間を集めて、自分の贄を集めさせているのだろう。私もその一人で、外では、あまり思い出したくないことがあった。そこで私を助けて下さったのが、Entityさまなのだ。

Entityさまは私の神さまで、みなさんの神さまで、こうしている今も私たちを見守ってくださっている。だから私たちは、今日もEntityさまへ贄を捧げるのだ。いや、私は実働ではないけれど、自分の仕事は自分で誇りを持つことが大切だと思う。

────あぁ、どうか、一人でも多くの贄が集まりますように。
────そして、どうか、皆さんが無事に帰ってきますように。

そう願いながら、今日も私はしあわせな眠りに落ちるのだ。