句作やバンドとかで忙しい隼くんは、けれどたまにわたしと散歩をしてくれる。散歩というか、散策というか、えぇと、そう、吟行というらしい。俳句や詩を作るときなんかに、何かいいものないかな、と詠むものを探しにいくことだと前に教わった。
俳句は基本的に季語を使う。つまり季節を感じる。季節は、街や人や風や生き物、いろんなところにあるので、それを掴みにいくのだろう。もちろん人によっては机上での創作が得意という方もいるようだけれど、彼は昔からこうして外に出るのが好きだった。

わたしは、そんな彼の後ろを歩いていくのが好きだった。
あけ色 君色 まっさかり
秋は紅葉。ということで、すこし遠出で秩父まで。私は歩きやすいように帽子をかぶってカジュアルな格好でスニーカーを。隼くんもいつものジャケットは羽織らずに動きやすいような姿だった。
乗っている電車から見える紅葉が綺麗で、電車の窓からそれを眺める彼はもう、すでに季節に手を伸ばしているようにも見えて、その横顔がたいそう美しいなと思ったのだ。わたしはと言えば、景色を見ながらたまに窓硝子に映った貴方を見ている。それを知ったなら君はどんな顔をするのだろう。

電車を降りてからは自然公園や史跡を巡っていく予定だ。
私たちの中にあまり言葉はないけれど、わたしがぼんやり歩きながら紅葉を眺めていると、とんとん、と肩を叩いてからとある枝の先を指さしてくれる。シジュウカラ。赤と黄色の影の中で、白と黒のコントラストがかわいらしく特徴的だ。

「わぁ」

隼くんは、こうやって素敵なものを見つけるのがうまい。彼の語彙で言うのならアンテナが鋭い、というべきなのだろうか。そうして見つけた素敵なものを、わたしにそっと分けてくれる。そういうところが、すきだし、ずるいと、思ってしまう。

「シジュウカラって、秋の季語だったりするの?」
「ん? あァ、そう言われちゃあいたが、シジュウカラ自体は一年通して観察出来る野鳥だ。野鳥歳時記では修正されてるンだが上手くねェ」

なるほど。古くに流布されてしまった季語というのは、生き物の生態を知ることで間違いだったとわかってもそれを浸透させるのはまたたくさんの歳月がいるのだろう。けれどこうして吟行に赴く隼くんのような人がいるのだから、じわじわとでもそういうのが広がっていけばいいと勝手ながら願う。

そんな会話や気付きを知りながら、隼くんはある程度ルートを決めていたみたいで道中ロープウェイの切符を買ってくれた。
山のふもとから出発した小さな箱は、多少ゆらゆらと揺れながらもどんどん昇って行く。山間を滑るように動くそれは森のスキーのようで、何だか未知の世界で面白い。

「ん? もしかして初めてか?」
「うん、結構遠くまで見渡せるんだね」

わぁ、と窓にへばりついているわたしを見て、不思議に思ったのか隼くんがそう言った。箱根のロープウェイは有名だから知ってたけど、乗ったことはなかった。こうしていろんな初めてを経験できるのは本当に楽しい。

ロープウェイを降りると山の大きな案内板があり、ここからハイキングに行くのだろうという装備の人がそれを見て会話をしながら道々に散って行く。それを少し目で追いながら、隼くんはとある方向へと爪先を向けた。常葉樹や松に囲まれた道を歩いていくと、こじんまりとした鳥居とお宮がわたしたちを出迎えてくれ、鳥居端に設置された説明看板に記された名前は寳登山神社奥宮。ここがひとつの目的地だったらしい。

神社へお参りする時、隼くんは真っ直ぐとした背筋で入って行く。神さまにみせて何も恥じることなどない、といった風情で。拝殿まで進んで、二礼二拍一礼。神さまへのご挨拶。
神社と呼ばれる場所は大概木々で囲われており、鎮守の杜として大切にされている。そういう場所は深く息が出来るようで私は好きだ。
空を見上げるとちらちらと赤い葉っぱと緑が光で透かされて綺麗な天蓋を作り上げている。太陽の眩しさやわらぐそれは本当にうつくしくて、ねぇ、と声をかけようと隼くんを見たらおなじように空を見上げて何かを想っているようだった。あぁ、やっぱり好きだなぁ。

そうして秋といえども汗ばむ吟行日和の陽気。徒歩で下山をしてみたのだけれどすこし疲れてしまって、ロープウェイの駅へ入るときに目星をつけていたすこしひっそりとした喫茶店で休憩をすることにした。じわじわとした太陽の熱が遠ざかって、影が落ちてコントラストがはっきりと際立つ店内。目の前にはすこし不機嫌そうな隼くん。

「ちゃんと今のうちに水とっとけよ」
「うん」
「俺ぁおぶって帰れねェからな」

席に通してくれた店員さんが置いていってくれたレモン水を摂取して、ふぅ、と人心地つく。

「ありがとう」

素っ気ない言葉のようで、隼くんなりの心配の言葉だ。ちゃんと自分の足で無事に家まで帰ってこそ吟行。そういうことなのだと受け取った。彼はすこしだけ荒く鼻息をもらすだけだったけれど、つまり間違っていないと。うん。

飲み干しかけた両手の中にあるグラスから、からん、と氷が転ぶ音が小さく鳴って、今は秋なのか夏なのかすこしだけ考える。夏と秋のあわいに未だいるわたしたちは、いつの間にか秋の真っ只中にいて、冬をお迎えしたりするのだろう。季節というのはつくづく不思議なものだ。その不思議なものに魅せられた人が目の前にいるので、これまた不思議さに加速をかける。

そんなことを考えていると、いつの間にか隼くんは短冊を机の上に用意していて、相もかわらぬ硬筆な文字が紙面に書き現れる。俳句に対して真摯的な彼らしい文字だ。

みほしは今日も書かねェのか」

くるりくるりと、左手で回されるペン。

そのわたしにしてみれば器用な手先を眺めながら、投げかけられた言葉に対して暫し考える。
そう、わたしは、あろうことかこんなに俳句を愛している人と一緒にいるのに句作に励んだことがほぼないのだ。なのに隼くんは一緒にいてくれるから、よくわからない。

「うん……あ」

けれど、ふ、と歩いていた時のことを思い出して、短い詠嘆が出てしまう。コーヒーを飲んでいた隼くんはそれを目敏く拾い上げて、ひらり、わたしに短冊を差し出してきた。真っ白で、すこし指に引っかかる紙の質感が心地いい。
俳句を記す手順はさすがに何となく知っている。上に句を書いて、下に自分の名前。

ううん、でも、俳句を長くやっている隼くんの前にこんなものを出していいのだろうか、とすこし悩んだところで、「いいや」と心の中で首を振った。
きっと表現は拙いだろうけれど、あれをこう感じた私の心を否定することはできない。たとえそれが隼くんであっても。私はわたしの心を大事にしてあげるべきなのだ。

すこしだけ息を深く吐いて、いつも使っているボールペンを短冊へと走らせた。
たったの12文字が重い。隼くんはいつもこんな気持ちなのだろうか。ずっと一緒にいるのにわからないことばかり。でもそのわからないことを、深くもぐって知っていったり、やっぱりわからないなと納得したり、そうして一緒に行きたいと思うのは、きっと我儘なのだろう。
そのわがままを、いつまで言えるだろう。

「……ん、できました」

短冊を見下ろして、文字をチェック。誤字なし。脱字なし。名前も指差し確認して、隼くんに差し出した。白い短冊はわたしの手の中ではぶかぶかだったけれど、隼くんはいとも簡単に持っていて何だか不思議な気分。落ちる沈黙が居た堪れなくて、視線を逃すようにいつのまにか来ていたカフェオレに口をつけた。あつい。

「なァ、これ」

だけどすこし遅れて出てきた問う言葉には、どうしてか素直に顔を上げられた。顰めっ面で短冊を見下ろす隼くん。わたしの一等好きな顔。だから、これまた素直に言葉がこぼれる。

「うん。隼くんを詠んだの」

──── 君御髪 朱け色さして 神遊む

紅葉の影や葉が落ちる中で、髪の毛にすらりと落ちた楓がくっついたまま階段を昇っていく。それがあんまりにも可愛らしくて、まるで神さまの悪戯みたいだと思ったのだ。朱け色は、明け色。太陽の色。つまり、我らが日本の天照大御神様を表す色だと思って、なんかそういう、あの、連想を繋いだ言葉だ。

「ごめんね、あんまり上手くなくて」
「んなの期待しちゃねェよ」

わかっていた言葉なので、まぁそうだろうなぁ、なんてぼんやり思う。

「ただ、その、なんだ」

普段ハッキリとものを言う隼くんにしては珍しく歯切れの悪い言葉たちが落ちていく。

「ありがとな」

短冊から視線を移して、しっかと目を繋いで、そんなことを言われるものだから。だいすきな隼くんの顔を心構えもなしに真っ正面から受け止めてしまったものだから。

「なぁに真っ赤っ赤になってるんだってェの」

そう笑って短冊を返してくるあなたが、嗚呼本当に愛おしいな、と。
あなたが見ている世界を、少しでも知りたいと、そうしみじみ思うのだ。




「隼くん、だいすき」
「……ほんっと、おまえは衒いなく言うんだよなァ」
「うん? ……ごめんね?」
「謝るこっちゃねーっつの。堂々としてりゃぁいいんだ」