心臓一山いくらですか。
「あっ、うあっああっ」
「だから言ったのに」

思わず手の中で跳ねるコントローラー。無情にも空中を舞うわたしのチャージャー。画面の中のキャラクターは無情にもシャケの群れに襲われ浮き輪と化す。ぷかぷかと仲間にヘルプを求めるわたしはいま世界一かなしい生き物となっている。と、そこでコロンと上の足場からボムが落ちてきてタイムロス少なくわたしは蘇生される。うん、知ってる。この手際。

「ありがとー!」
「お礼言う前にさっさと片して、チャージャーの仕事来てる」

おんなじソファに座るわたしの横でコントローラーを巧みに操る彼は無情にもそう言った。うう、このwave心臓に悪い。




御察しの通り、わたし達はいまや全世界大人気ゲームとのし上がった対人型ゲームの協力プレイをやっている。リビングに二台のディスプレイを置いて、きちんと有線で、わちゃわちゃと(最初はドック無しで無線でも、という話をしたのだけれど無線のプレイヤーがどれだけオンラインゲームでよろしくないことなのか、というのをこんこんと教えてもらったので結局こうして二人ソファで雁首揃えることになったのだ)。

「港の方にテッパン来てる」
「あっ、モグラ連れてく!」

研磨くんはたつじんをカンストさせたこともある猛者で、正直、わたしも一応たつじんではあるけれど自分とのプレイスキルはかなり違う。ウデマエの称号自体は同じだから、勝てば研磨くんも上がるだけ精神的にはマシだけど。……たつじんに入るまでおんぶに抱っこで上がるのは嫌だしなっても足引っ張る、と野良だけで上がっていったのは良かったと我ながら思うのだ。

「ノルマクリア」
「おっけー、いのちだいじに!」

何とか金イクラを規定量納め、あとは生き残ることを優先に。でもいけそうな時は大胆に。一歩でしぬこともある。でも、諦めなかった一歩でノルマがクリア出来ることもある。その見極めをしていってこそ、たつじんのなかで上に登っていけるんだろう。

「wave3クリアー。おつかれー」
「ん、おつかれ」

やったー、と膝の上にコントローラーを離したところで壁の時計を見て驚いた。二時間。二時間経ってる!

「うっ、ちょっと休憩」
「わかった」

部屋を崩して、わたしはホームへ戻ってディスプレイの画面を切る。しぱしぱする目に目薬をさしている間に、そのまま研磨くんは野良で入り始めて開始する。
えぇと、晩御飯はもう煮物を鍋にかけてあるからメインは問題ないし、お米もサラダ用の菜っ葉も確認してある。だから暫くはこのまま研磨くんのプレイを眺めていても大丈夫。うん。

クッションを胸に抱きしめ眺めていると、研磨くんはたつじんの中でも高いノルマを求められるままにクリアして行く。あっ、いまの撃ち抜き格好いい……。射程と威力を把握し、高台から辺りを見回して、即座に必要なところへインクを撃ち込むスナイパー職は研磨くんにすごくよく似合っていると思う。だって司令塔みたいなものだから。

大体のチャージャーの獲物である頭に大きなバクダンを生成するシャケは、実はそうでなくとも無論倒せる。でもあの時の研磨くんはわたしがデスって萎れてる暇がないように仕事を振ってくれたのだろう。おそらく。いやそれが一番効率が良かったって言うのも多分にあるだろうけれど。現にしょぼくれる暇もなくそのままwaveをクリアしたんだから、自在に扱われている。

上手い人のプレイを横で見ていると、いろいろと学べることが多い。どうカメラを回して事態を把握しているのか、画面のどこからどこまでの情報を取得できているのか。とはいえ別に実況をしてくれるわけではないから今のどうやったの?!何てことも沢山あって、そういうのを含めて彼とゲームするのは楽しいなって、わたしは思う。研磨くんが実際のところどう感じているのかはわからないけれど、でもゲームを一緒にやることを嫌だとは拒否されないのでそれなりに楽しんでくれていると……いいなぁ。



しの、ぼーっとしてると危ないよ」

そう声をかけられて、えっいま何にもやってないのに、といつの間にか考え事で下を向いていた顔を上げると、くちびるに 感触ひとつ。画面から聴こえる音は既に街のもので、あぁもしかして時間終わったのかななんて妙に冷静な自分が推理する。

「ね、だから言ったのに」

だけどもそんな冷静であった部分も御構い無しと、至近距離で、さらりとした髪の向こう、肉食獣のような細い瞳孔でほんの僅かに笑う姿が、キスよりもバイトよりもいちばん心臓に悪かったって言ったら、きみは笑うんだろうか。
あぁ、もう、だいすき!