「……うさぎ……では、ないなぁ」

先日買った生体プリンタから出てきたのは、うっすら灰色の、両手で持ってみると問題なく持てる、感触としてはもにもにとした『ナニカ』だった。
きっときみとのあいだがらは
佐々木、先日申請していた飼育許可証が発行されましたよ。]

帰宅したところで、コンサルからそんな言葉が発せられた。一応、事故とはいえ自分が生み出してしまった生き物なので飼育許可を申請していたのだけれど、案外あっさり降りたものだとぼんやり思った。たぶん、そんなことを考えていた人間がわりと多かったんじゃないかな、なんて考えたりする。その子たちはきっと可愛がられるだろう。
リビングへ進むと、うさぎが来たら気に入ってくれるだろうかと買っていた直径40cmぐらいのゴザの上に灰色のまるいものが鎮座している。まるでお皿に乗った胡麻団子のようだと現実逃避したい自分が思考する。

────プリンタニア・ニッポン。
評議会からはそう名称づけをされた新種生物。ニューチノー社が開発・販売をした生体プリンタの事故によって生まれたいきもの。これは発生させた当人にはなんら瑕疵のない事故なので、飼育放棄をしても評価に傷はつかない。それは、コンサルにもきちんと説明をされた。それでも私は『いきものと向き合わない』という選択肢をどうしても取れなかったのだ。
かわいがれるだろうか。この子のことを、理解しようと思えるだろうか。

そっと、起こさないよう静かにゴザの横に腰を下ろして膝を抱える。夜時間に至るまでの、橙色の日差しがさす夕方。この子がいるからエアーコントロールはしたままだけれど、さすがに日差しを浴びているとすこし汗ばんでくる。
すよすよ。隣から聞こえてきてなんだか流れている時間が遅くなったような気分だ。

名前はなんにしよう。うさぎを飼いたいと決めてから、いろいろ考えていた名前はあるけれど、それらをこの子につけるのはどうしても不義理な気がしてならなくて、今日まで来てしまった。だって別の存在につけられる予定だった名前をつけられるなんて、たとえ、仮に、そのことが理解できなかったとしても、私はきっとその影を見続けてしまう。自分がそういう性格だと知っている。

はぁ、とため息をこぼしたところで、足の付け根に何か圧を感じたので、片腕をどかして床に視線を落とすと、薄灰色のプリンタニアがそっと寄り添って私を見上げてきていた。
退かした腕を下ろして、手を差し出してみると、のちのち、と腕を伝って膝と胸の間にもったりと入り込んできて、なんだか、気のせいかもしれないけれどご満悦に見える。

ふと窓を見上げるといつの間にか夜時間になっていたようで、まぁるいお月さまがぽっかりと浮かんでいる。まるで空の隙間のように、灰色が輝いている。

「……コンサル、プリンタニアの名前登録」
[はい。何に致しますか?]
「ひらがなで、"つき"、でよろしく」
[────名称登録完了致しました。]

膝の上で、ふわ、とあくびをする灰色のいきもの。否。

「よろしく、つきさん」

君と仲良くできるかどうか、まだ本当はわからないけれど、私は私なりに"それ"を模索していくと決めたのだ。そしてその先に、なかよしになれていたらいいと、祈りを込めて。