▼注意

このお話は06/05に映画を見て、06/06に制作されたものです。
製作時期の都合上、ガロ編+前日譚リオ編ともに未視聴となっております。
覚え間違いなども多々あるかと思います。

捏造多めの原作軸沿いです。


以上のことが大丈夫であれば下記からどうぞ!

「リオ、」
ミーシャ、僕は行く」

一番新しい『彼』についての記憶は、炎に巻かれ、焦げ落ちている。






どうか、キミに願いを捧ぐ






バーニッシュ。そう名付けられた炎を操る突然変異人種が現れてから、四半世紀とすこし。
発見当時の記述を読むと、突如として世界各地で奇妙な人体発火現象が沸き起こり、死者の数は夥しいほどの数が上ったと記録がされている。稼働する電車、交通渋滞列、学校に通う生徒、アパートにいた人間、ありとあらゆる人間が性別を問わず人種も問わず、人体から炎を吹き出し、周囲を巻き込んで死んだ。世界的に、『炎の日』と呼ばれているらしい。

そこからバーニッシュが『人間』という枠組みから弾かれ、デモが起こり、衝突があり、ノンバーニッシュにより差別されるようになるまで数年とかからなかったそうだ。
私たちが生まれてきたのは、そういう時代。だから。

────バーニッシュは人間ではない。

そう宣う人たちを大勢見た。同級生にも、マンションの階下に住む人にも、街中の人にも、あまつさえ教師にさえ差別意識を隠そうともしない愚かさをまざまざと日常的に見せ付けられてきた。私は、ノンバーニッシュだ。なんの力もない。『彼』と同じ目線を持つことさえできない。それでも私は、リオと一緒にいたかった。

「リオ、」
ミーシャ、僕は行く」

夜の帳を背負って、金の前髪の隙間から藍色と太陽の色が、夕焼けどきのような瞳を持ったその人は真っ直ぐ私を見てそう言った。一体どこに、なんて問うまでもなかった。バーニッシュであるリオは学校に通えていない。人権がないのだ。よしんば学校の好意で通うことができたとしてもその生活が地獄になることは目に見えている。
どこかへ行く方がいいのだと思う。こんな街にいるよりも、ずっと。ずっと彼のためになるのだろう。だけど嫌だとも思った。どこかへ行くのならば自分も連れて行って欲しいとさえ考えたけれど、そんなことを口にする前に、炎に巻かれ、私は意識を失ったのだ。

それが今から二年前。リオは生家を出て行った。幼馴染である私に最後に顔を見せてくれたのはおそらく優しさだったのだろうと思う。ノンバーニッシュである私は、バーニッシュである彼に寄り添うことも、理解者であることも、できない。別に特段当事者でなくとも理解はできることもあるけれど、少なくともそう思われていたのだろう。だからリオは私を連れて行ってはくれなかったのだ。

そして私は、高校を卒業と同時に自治共和国プロメポリスへやってきた。これが一ヶ月前のこと。本当はもっと早く来たかったのだけれど流石に高校中退をするのは周囲から反対されたし、先立つものもなかった。子供があれほどまでに嫌だと思ったのはそうそうない。バイトでお金を貯めつつ車の免許を取り、ネットワークに深く潜る知識を得て、もうこの年齢になったなら自己責任だと見切り発車で来た。
『マッドバーニッシュ』────共和国を騒がすバーニッシュ犯罪の炎上テロ組織。その頭が今はおそらくリオなのだ。この30年間ずっと活動をし続けているのだから代替わりをしていてもおかしくはない。もちろん姿は映像でしか見たことがないけれど、あの炎を自在に操る姿を見間違えるはずがない。

バイクで日用品を買い込み、夕方の帰路につく。何とか生活をしながらパソコンや機材を揃えて共和国の公用ネットワークに潜る日々だ。けれどマッドバーニッシュは活動地域が様々でなかなか出会えない。出会えたとしてどうするんだ、というのもあるけれど、バーニッシュだけだと困難なことも、ノンバーニッシュの手があればどうにかできることもきっとある。だからそういう売り込みで行こうと────。

突如ビルが燃え拡がる。意思を持つように跳ね回り拡張していく炎。バーニッシュフレア。CO2消火装置は旧時代の産物となり、建築基準法で定められた自動消火栓が炎を消そうとするが呆気なく薙ぎ払われた。間違いない。あれは、『意思を持った炎』だ。ぞくりと背筋が騒めき、バイクを止めてバッグを担いで騒ぎの混乱に乗じて近くのビルへと潜り込んだ。

エレベーターは当たり前のように止まっていたから階段で地上30階まで走っていく。遠くからサイレンの音とけたたましい射出音。バーニングレスキューが到着したのだと思う。ならもっと早く。早く。行かなきゃいけない。こんな10階で息を切らしている場合じゃない。
ぐっと息を吐いてから胸を叩いて、脚を叩いて、階段を昇り始める。

屋上へ出るとそこは煙と炎とヘリの音が辺りを支配していた。バッグからサーマルスコープを取り出し確認する。────いた。煙の中に三つの高熱源反応。炎が周囲にあるせいで民間で手に入れられる装備だと見づらいけれど、一人を中心に二人が守るように。

それからは、バーニングレスキューが直上射出でビル屋上へ上がってきて市民を避難させ、風で三人の姿が露わになる。黒鎧の姿。二人が飛び出し、最初は圧倒しているように見えたけれどレスキューの機体が白くなったところであっという間に捕まってしまった。
お互いに挑発し合う二人は迎撃し合い、炎の刀が、マトイの風が、熱い打撃が、氷結弾が、相手を削っていく。一時は場外にまで戦いの場が移ったが、スコープで捉え、そうして鎧の一部が砕けるのを私は見た。

「────」

思わず息を飲む。金色の髪。ここからじゃそれだけしかわからないけれど、あれは間違いなくリオだ。あぁ、生きていたんだ。生きてくれていたのだ。ぐっと泣き出したくなるのをこらえ、屋上を後にする。姿は確認できた。あのまま逃げおおせてくれるのならそれでいい。追いかけるだけだ。もしそうでないなら────きっとリオは脱出を図るだろう。そこに合流する。

階段を駆け下りる自分の足音がやけに響いて聞こえた。
これは嬉しさだろうか。福音だろうか。わからない。
わからないけれど、私は走った。




バイクを走らせアパートに帰り、テレビをつけてニュースを垂れ流しながらデスクトップでバーニッシュの人たちが収容されている施設について調べていく。施設自体の情報も完全に隠蔽されているけれどこの情報化社会でガバメント内のネットワークからも完全に隔離することなんて不可能だ。

『たった今、マッドバーニッシュのボスであると思われる人物と幹部二名の身柄を拘束したという速報が入りました』
「────っ」

捕まった。それが作戦であるのか、単純に負けたのかわからないけれど、絶対にリオなら状況を踏まえて動くはず。信じるんだ。それがいつなのか。どれだけの人がいるのか。何が必要なのか。外側にいて動ける人間だけが成しうることをするべきだ。

夜、森。収容施設の監視カメラをハックしていた私は他のバーニッシュを引き連れた彼らがこの道を通るだろうと言う予測の元、待機をしていた。聞こえるバーニッシュフレアの音、続いてヘリのホバリング。着陸。不確かな足が混ざる、大勢の音。

「誰だ!」

姿を見せようと少しだけ一歩踏み出した瞬間、リオの声とともに私の横にあった樹木へ炎が突き刺さる。炎が暗闇を照らし、私の顔を露わにする。瞬間、リオの表情が僅かに変わった。覚えていてくれているんだろうか。それなら、嬉しいのだけれど。

両手を上げながら道なき道へ姿を晒すと、後ろの人たちは怯えたように私を見る。そりゃあ、そうだろう。こんなタイミングで出てくる人間なんて大概が追手だ。
リオの夕暮れ時のような瞳が真っ直ぐ私を見ている。それだけでもう嬉しかった。藍色と太陽が混ざったきれいな眼。記憶にたがわぬ色。金色と相まって今日もきれい。

「あの、すみません、信じてはもらえないかもしれませんが、私は────」
ミーシャ!」

警戒態勢に入り腰を落とした殿と傍の二人を置いて駆け寄られ、?を両手で挟まれる。あぁ、身長大きくなったんだなぁなんてぼんやりどうでもいいことが頭を駆け巡った。

「なんでこんなところにいるんだ!」

からの、間髪入れぬ叱責。

「逃亡の情報を手に入れたから、足と食料の提供に」
「なんで、そんなことを」
「説明、してもいいんだけど、取り敢えず後ろの人たちの安全確保、優先しよう」

頬をつつむ手に自分のを重ねながらそう言うと、ハッとした表情でリオが振り向く。さっき飛ばされた炎がきらきらと金色の髪の毛を照らし、どこか童話のような雰囲気さえある。

「最初に言っておく。こいつは非バーニッシュだ」

団体が小さくざわめく。けれどそれは夜の森の中で十分などよめきだ。

「だけど、僕がこの世界で信頼できる人間の一人でもあるんだ」

圧倒的な……カリスマとも言うべき言葉の力で鎮めさせる。
────信頼。そんなことを本当に思ってくれていたのだろうか。この場を収める詭弁だったりしないだろうか。ぐるぐると問いかける言葉が何重にも回り続けたけれど、私はその言葉を信じたかった。



「さて、説明してもらうぞ」

あらかじめ確認しておいた岩場に案内し、中の安全を幹部の一人が確認したところで本日の寝床が決まった。洞窟の広いところの中心で僅かながらの医療品で傷の手当てをしあう人々を見ながら、少し離れたところに座っていた私の近くにリオが腰を下ろす。

「なんでおまえがこの街にいるんだ」

じっと、ごまかしを許さない瞳が私を見る。

「話すと長くなるかもよ」
「構わないさ」

その返事に、判断の速さは相変わらずだなぁ、なんてほんの少しだけ笑って私は今までのことを話し始めた。
置いていかれたことが悲しかったことから、お金を貯めたこと、免許を取ったこと、この間プロメポリスに来たこと、個人が物理的にどうにかできる範疇を超えていることからネットワークに潜るハッカー技術を勉強したこと、そのおかげで追いつけたこと。だいぶ端折ったけれど、それでも喉が乾くぐらいのことは話していた。\

「そうか」
「勝手にやったことだから、迷惑かけてたら、ごめん」
「いや、助かった。車も運転ができるやつも食料も何もかも足りてなかった」

今は幹部のお二人が私の用意した車の点検をしているところだ。警戒をしていると言う姿勢を崩さないのは、いいと思う。それに私が気がついていないだけでマジのマジでやばいものがくっついている可能性だってあるだろう。

「────」

不意に、リオが湖へつながる方の入り口へ視線だけ向ける。その姿で周囲に集中すると、風の流れが変わっているのが何となくわかった。

「……誰か、洞窟に」
「あぁ」

ここは人里離れた山合いだ。誰かが迷子として入ってくるなんてことは事前の下調べではそうそうない。
唇に人差し指を当て、そっと腰を上げる。非戦闘員のみんなには気づかれないように、本当に静かに。それは、私の知るリオではなかったけれど不安はなかった。彼の中には『どうしたい』が明確にあるように感じられたから。




「誰?」

凍結ハンドガンを構えながら洞窟の中に入ってきた一人の男の人をしゃがんで見る。何だか見覚えがあるような無いような。

ミーシャは向こうへ行ってるんだ」

えらく不機嫌をあらわにしたリオがそう言うものだから、わかった、と頷いて立ち上がりすこし離れた場所へ腰を落ち着ける。リオが眺められて、私が何も怪しいことをしていないと誰かの視線がある場所ならどこでもいいのだ。リオが目の前で生きていると言うのが、私の人生のご褒美のようなものだ。

と、小さな影が傍らに落ちる。リオに投げかけていた視線をずらすとそこには子供が二人、私が持ってきたパンを一つ差し出していた。見ると中心に集まっている人々は簡単な治療を終えて食事を開始している。

「分けてくれるの? ありがとう」

彼らに持ってきたものだから、そのまま食べてくれてよかったのだけれど。やさしいな、と感謝しながら受け取るとぴゃっと子供たちは輪の中へ戻っていく。ノンバーニッシュ。そうであるというだけで、バーニッシュの方々からは忌避対象だろうということは想像に難く無い。ノンバーニッシュが何をしたのか。────『何をし続けている』のか。

思考に耽り始めたところで、聞きなれないよく通る声が聞こえる。そこでようやく思い出した。ビルの上でリオと戦っていたレスキュー隊員だ。ここからだと上手く聞き取れないけれど、たぶんリオはわかってあの男をあそこに置いたのだろう。聞かせたく無い言葉を吐かれることなんて織り込み済みで。

「僕たちバーニッシュは人を殺さない、それが誇りだ!」

青い髪の男に対してリオが感情をあらわに叫んだ瞬間、髪の毛の長い女性が苦悶の表情を浮かべ呻き出した。どうしよう。私が持ってきたのは外部医療品だけで内部については全然用意ができていない。

「リオ!」

一人が叫び、会話を切り上げてリオが駆け寄る。声を必死にかける。それでもしっかと、炎が、命の灯火が尽きていくのが見て取れた。炎に魅入られた特殊人種。

「おい! 俺にやらせろ!」

縛られている男が、救急処置も医療キットもあるからと叫んだ。しかしリオはそれを素気無く蹴る。当たり前だ。バーニッシュである彼らがノンバーニッシュにそうやすやすと命を預けられるわけがないのだから。
しかしそれだけじゃなかった。リオの「必要ない」というのは、全く強がりなどではなかったのだ。

ふっと口の端から溢れる炎の欠片。それを、彼女に。
彼らにとって『命の灯火』というのは比喩じゃない。根底、本質そのもの。

「僕らバーニッシュは死ねば灰になる。分かりきったことだ」

炎に看取られ、彼女は風にさらわれる。
それは、祈りの果てのような光景だった。


そんなことを考えていたら足音が聞こえ始める。たぶん先ほど車両点検に行った二人だ。確か……ゲーラさんとメイスさんだっただろうか。あまり人の名前を覚えるのが得意では無いので曖昧だけれども。

「ボス、車の用意が完了いたしました」
「わかった」

ゲーラさんがみんなを案内して、メイスさんがそう告げるのが聞こえたのでようやく私も立ち上がり、続こうとしたところでレスキュー隊員が叫んだ。それに対してリオは歩みを止める。

「本当に何も知らないのか?」

昏い声だった。真っ白な紙を燻らせ燃やすような、はっきりとした憎悪。
無知が無知であることは尊ぶことではなく愚かであると断じるような。

「みんなクレイ・フォーサイトに殺されかけた。奴は僕らバーニッシュを切り刻み、解剖し、データを取る。実際に命を落としたものだっている」

そう、そうなのだ。クレイ・フォーサイトはバーニッシュで人体実験を行っている。どうしようもない事実として、それはこの世の中に横たわっている。テロを起こしていないバーニッシュでさえ高機動凍結部隊<フリーズフォース>の名の下に問答無用で連れて行かれるのはそういうこと。
研究結果自体は完全にクローズドな場所で管理されているのか入ることができないけれど、バーニッシュの命を道具のように扱って形成される研究結果が正しいとされる世の中であっていいわけがない。

「────同じ人間なのに」

絞り出すような声とともにリオは止めていた足を動かし、車へ。残された男は何を思うのだろう。私には知る由もないけれど、どうかそれがこの世界をよりよくするものであれと願うばかりだ。

世界はやさしくない。

やさしくないからこそそこから離れて暮らしたいだけなのに。
それすらも許されないのだと思い知らされるのは、一週間後の話だ。

ミーシャ、あそんでー!」
「うおっと」

バーニッシュは炎を裡に宿している関係からか、ノンバーニッシュよりもずっと体温が高い。だから平素気温が高い所に行けば身が隠せるのではないかということで、火山近くの砂漠、廃棄された建築に身を隠すようになった。それなりに身を隠すすべもあるノンバーニッシュである私が、食料品などを足がつかないよう買い込んで届ける穏やかな日々が続いている。

「あーそんでー!」

出会った当初は警戒していた大人たちも、子供たちも、私がバーニッシュに無害な人間であると信じてくれたのか、最近はこうやって居住区に来るたびに遊んで構って攻撃を受けたりするほどだ。

「ごめんねー、もうすこし運ばなきゃ行けないものがあるから後でねー」
「えー」
「ぎゃあっ」

子供たちの頭を撫でながら歩いていると、後方で平穏には似つかわしくない声が。瞬時に振り向くこともせず子供たちの手を引いて走り出す。瞬間凍結弾の音がした。あんなものを緊急火災現場以外で振り回すことが許されている部隊なんて、そんなの、この国に────。

背中から衝撃が走り、ごろごろと吹っ飛ばされ氷の陰に落ちる。手の先にはさっきまで笑っていた子たちが恐怖の顔で固められていた。いやだ。いやだもう。どうして。どうして放っておいてくれないの。バーニッシュだって私たちとおんなじなのに。

痛みで起き上がれないまま、重機の音が近づいてくる。居住区を全てさらうかのようなブルドーザー。凍っているからって完全にモノ扱いだ。あれに巻き込まれて落とされたらひとたまりもない。そう思って、動きたいのに私の体は動かず、ブルドーザーに押し飛ばされ場外へ投げ出された。




「なんだこいつ、凍ってねェぞ」

砂漠に落ち、凍ったみんなが回収される中で誰かが私の片手を引っ張り上げる。体が痛む。痛むけれど、うっすら見える身体は五体がまだ繋がっていた。よかった。正直なところ死んだかと思っ────。
ごり、と腹部に硬いものが押し当てられ、弾が、発射 されて 。

「あっ、うあ、あっっっ!!!!!!」
「バーニッシュじゃねぇのか」

瞬間凍結弾は、バーニッシュフレアやそれに類似した温度を感知して展開する。だから通常の人間には完全にBB弾のようなもので、それでも痛いものは痛い。

「ふん、なるほど。おい、こいつは擁護罪だ。別途連れて行け!」

そのままボロ切れのように他の二足歩行アームギアへ放り投げられ、キャッチされ、肩に激痛が走る。おそらく"抜け"た。痛みに喘ぎながら収容されるところで、リオが────。一瞬だけ、視線が、合った気がした。いやだ、もう傷つかないで欲しい。
お願いだから、かみさま。

目が覚めたとき、扉がひとつだけの小さな部屋だった。
抜けていた肩を見るとどうやら驚いたことに手当てがされたようで問題なくうご……いやちょっと痛かったな。さすがに腱は痛めたかもしれない。それにTシャツをめくると腹部は弾の生々しい痕が内出血の形で数ヶ所残っていてちょっと吐きそうになった。

さてどうしようか。治療ついでに身ぐるみ検査されたようで靴に入れていた端末も没収されている。どうにも二進も三進も行かない状態になっているのだけは把握できた。所詮素人にはここまでだろうか。

……なんて諦められるならリオをここまで追いかけてきていない。

とりあえず私に今できることは怪我の治療優先で、安静にしていること。やたらと暴れて見張りにチェックを入れられないこと。そう、どっかから聞こえる叫んでいる男の……よう、な……。空耳かと疑った次の瞬間、いややっぱり叫んでいるのは例の消防士だと確信をする。今度は何をしたのだろう。はぁとため息をつきながら、私は横になり眠りについた。



何日がすぎただろうか。地響き。空鳴り。頭が割れるような、炎の慟哭。
突如独房が『崩壊』した。

「────!」

がらがらと落ちる天井に咄嗟に頭を腕で防御すると、どうやら運良く瓦礫の隙間に挟まったようで、命が危ぶまれることはなかった。空が見え、そのまま脱出を図り地上へ出てみるとそこには赤く染まった空と、龍が────いた。

「「リオ!?」」

思わず叫んだ言葉が誰かと重なる。声の方向へ顔を向けると例の青い消防士がいた。相手も私のことを覚えていたのか、あ、という顔をする。どうしよう。ゲーラさんとメイスさんが捕まってしまっている以上、きっと、彼に手を伸ばしてくれるのは。

「あんた、大丈夫か?」
「えっ、あ、うん!」
「なら俺は行くぜ!」

そんなことを考えているうちに消防士は走り出すので慌てて私もついていく。

「ねぇ!」
「なんだぁ! ついてきたのか!」
「レスキューの人たちと合流するんでしょ、私も連れて行って!」

公用から私用のネットワークにまで潜り込んでいた自分ならわかる。この状態で出来ることがあるって。
私の言葉を聞いてその男はにやりと笑い、問答無用で肩に担ぎ上げられた。

「うわっ」
「黙ってろよぉ、舌ァ噛むぜ!」

並走していた時とは比べ物にならない速度までギアを上げ、街を駆け抜けていく。
空では龍が一匹泣いていた。





「隊長!」

途中炎に見舞われながらも無事にレスキューの人たちと合流ができた。どうやらこの消防士の男はガロというようで、一週間も行方不明扱いで心配されていたらしい。

「なんだぁその嬢ちゃんは!」
「リオの大事なやつだ! 預かっといてくれ!」

後ろの機材ルームに放り込まれるや否や、ガロは上の機材保管庫へ登っていく。

『いくぜぇ!』
「名乗りを上げている暇はない! 射出!」
「あいよー!」

見る間に目の前で事態が進行していく。これが、バーニングレスキューの現場。

『火元が高速で移動してるからって、消化しない理由にはならない!』

その言葉にはっと我を取り戻す。狭いコンテナの中を自由に動く白衣の女性。たぶんあの人がこのレスキュー隊の技術職員の人だ。

「すみません! ネットに繋がれたパソコンとかありませんか!」
「えっ、そりゃあるけど、何しようって?」

チューニングしたものじゃないから十全じゃないとは思うけれど。

「ここに表示されているフレアマップと街の自動消火栓を照らし合わせて、龍の進行方向に追従するように先んじて自動消火栓を開くんです!」

この街の自動消火栓はネットワークで管理されている。クローズドでないならここから操ることだって可能なはずだ。────それが、バーニングレスキューにとっては越権行為ではあるのは分かりきったことだけれど。

技術職員である女性は説明を最小限にした言葉でも意図を汲み取ってくれたのか、私にコンソールの一部を明け渡してくれた。

「あたしのカワイコちゃんの操作分けてあげる」
「ありがとうございます!」

他人が開発した独自コンソール。わからないけれど、スペック自体は私のものよりずっと上のはずだ。だからあとは自分次第!

ミーシャ、自動消火栓解放作業に入ります!」

叫んで一瞬だけ、龍へと飛んでいく白い機体へ視線を飛ばした。
一条の星。どうか、彼をたすけてください。




ミーシャ! ペランター通り3の2の方で火災!」
「対応開始しています!」

龍のバーニッシュフレアは凄まじく、飛び火の連続で街を焼いていく。リオ。リオ。こんなのリオが本当に成したいことじゃないって思う。だから私は────君に誰も殺させないよう、消火するよ。

『"龍"消失確認! フレアが飛んでいく!』
「アイナと通信断絶! フレアの飛び先は……湖?」

湖と聞いて一瞬思い浮かぶところはあったし、駆けつけたくもあった。だけど。

「街頭のライブカメラで要救助者確認、レミーさんとバリスさんのギアに位置データ送ります!」
『了解!』

いいやここが今の私の戦場だとコンソールに改めて向き直り、キーボードを叩き始めた。




暫くして鎮火活動や要救助者確保が一段落ついたところで、またもや地響きが鳴り響く。だけどこれはさっきの龍のものじゃないことだけはわかった。地面の奥底から何かがせり上がってくる感覚。街頭ライブカメラを操り、地響きが一番強い場所を画面に映し出す。

政権の中央。プロメポリスのホワイトハウスから続く一直線の道。そこがずわり、と腹を開くように鳴動し、『黒い何か』が徐々に巨体を現していく。戦艦、の、ような。

戦艦。エンジン。ワープ航行研究の先駆者。ホワイトハウスの地下格納。────炎。

かちりかちりとパズルのピースがはまっていく。そうだ。どうしてワープ航行の責任者がクレイ・フォーサイトのお膝元で研究を続けられていた?どうしてバーニッシュはテロを行なっていなくても徴集されていた?炎は古くから発電のエネルギーとして使われているものだ。なればこそ。

あれは人の命を吸い取って動く、悪魔の戦艦なのでは。
ぞくりとした。そんなものを造成し、実用段階に至るまで技術の粋を極める悪辣な人間がいるだなんて。そしてそんな人間が、このプロメポリスを治めていたという事実に、私は相手を見誤っていたことを思い知る。

『さーーーせねぇえええええぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』

不意に、インカムからガロの声が響き渡る。ルチアさんが直ぐさまスコープとともに外に目を向けはしゃいでいるのが聞こえた。
ずんぐりむっくりの機体。その手足に詰められた炎はまさしく────。

「! ルチアさん、例の船の周りに人が! 退避させないと!」
「隊長!」
『現場急行! 急ぐぞ!』

例のおぞましい艦橋へ彼らが行くのなら、その戦いの後顧を見るのが私たちの役目だろう。

『あ、繋がった!』

走っている最中、RM03<スカイミス>から通信が入る。例のリオへ突っ込んでいったガロさんのサポートへ回ったアイナさんだ。

『湖の先でとんでもないデータをもらったの! 送信するね! あたしは引き続きガロのサポートに回ります!』

即座にルチアさんが解凍しレスキューメンバーへデータを共有する。
そこには例の研究の内情と、その研究が誰のものであったのか、誰がどうやってそれを表に出したのか、そしていまの世の中で特許がとられているものが実は故人のものであったということ。現時点で事態が進行している人類移住・パルナソス計画まで。

「そんな」

そして、炎生命体プロメア。彼らとリンクが強いものがバーニッシュとなり、また、それはバーニッシュ自身の感情ともリンクしている。バーニッシュが苦しむ時、地球の核と繋がったプロメアもまた苦しんでいる。

船が上昇し、ワープゲートを開き始める。まだ流し読みしただけだけれど、じゃああのゲートはバーニッシュのみんなの……。
その仲間たちを救うために、その炎を消し去るために、リオとガロは戦っている。

「お願い、ガロ。リオを連れて帰ってきて」

リオは仲間のために命を擲ってしまえる人だから。
だから、どんな状況でも、誰であっても、迷いなく人を救くあなたが手を握っていて。

ただの人間である私にはもう彼らの戦いについては祈るしかできないけれど。強く強く両手を重ねた。




ドローンを飛ばし、甲板から一度は消えた機体二つのぶつかり合いを観測する。
機体は吹っ飛ばされ、ぶつかりに行ったリオを回収していくクレイ・フォーサイト────バーニッシュを燃料とした男が、バーニッシュだったなんてなんというお笑い種だろう。完全なる同族嫌悪じゃないか。

「────リオ!」

周囲の一般市民の避難誘導も済ませ、マイナさん操るRM03<スカイミス>に先導されRM02<メガマックス>で甲板へ、レスキュー隊の人たちと一緒に降り立つ。いつのまにか上昇を止めていた船は、それでも嫌な予感を霧散させない。

甲板には青い炎を纏うガロが転がっている。だけどどこにもリオがいない。じゃあやっぱり、あの映像の通り。バーニッシュを人とも思わないバーニッシュが、彼をどう扱うのか。

ミーシャ、まだガロには炎が!」

イグニスさんの制止を聞かず思わず傍らに跪き、そっと手を伸ばす。

「イグニスさん、この炎、熱くないです」

熱くない炎。誰かを守護るための炎。やさしい、炎。
バーニッシュにとって命の炎は比喩じゃない。それを分け与えたとなれば、つまり。

「────リオ」

泣いたら駄目だ。泣いたってどうしようもない。どうしようもないのに、涙があふそうになって、たまらなくなる。

「安心しろよ」

ぽん、と、頭を撫でられる。見上げると意志が宿った青空のような瞳。

「リオは俺が連れて帰る。絶対だ」

そう強く誓う彼は片手を伸ばし、手のひらを開くとそこで空気を舐める小さな炎。リオの炎。誰も彼も諦めてなんていない。それが ひどく、嬉しかった。

「ルチア!」
「あいよー、新しい装備、ドリルも持ってきてるよっと!」

その言葉に、あぁやらなければならないことがあると涙を振り切りRM02の後ろへひた走る。後ろでイグニスさんと<フリーズフォース>の人間が戦い始めた。イグニスさんが時間を稼いでくれている、今のうちに。

「ルチアさん、位置データと船の構造図の照らし合わせからの弾道計算お手伝いします!」
「おっけー、任せた!」

現地点の割り出し、連れていかれたと思しき船の炉心位置。こういう時に高スペックなコンピューターに乗っかってたりしたんだろ!自分!計算は出来ないけれど、それを誰かに託すことはできる。計算させるメモリをぎりぎりまで解放し、ルチアさんのチューンナップ作業に接続する。

「マトイテッカー! 射出準備完了!」

ルチアさんの掛け声が響き渡る。

「────GO!!!」

白い機体がドリルと共に船へと穿たれる。それを見送り終わったところで、私は椅子からずり落ちた。

「おつかれちゃん」

コンソールを叩き続けたお陰か、震える手を見て、ルチアさんはそう笑った。まだ何も終わっていないけれど、おつかれさまですと、いつかぶりに笑えたような気が、した。




束の間の休息を取っていると、甲板が揺れ、自然とイグニスさんの戦闘音も止んで、すこし疲れの出ている足を叩いて外へ出る。すると、夜の空の下、大きな炎が、天上を衝いた。間違いない、二人だ。二人の、炎だ。
あぁ、やったんだ。ふと、そう思えた。どうしてかはわからないけれど。それでも、うつくしい炎だったから。ガロを守護っていたリオの炎と、同じだったから。

神話の訪れのようなそれを全員で眺めていると、徐々に炎は収束し、甲板から見える海の向こうには夜明けが来ようとしていた。

明けの空の下で、リオが笑う。

ミーシャ

振り返って、私に気がついたあの声がまた名前を呼んでくれる。

「────リオ!」

だから私は駆けていくよ。あなたのもとまで。