「……ねぇ、マシュ。エドモン、見てない?」
身体が回復して、カルデアの中を一通り見た後、談話室にいたマシュにそう話しかける。振り向いた彼女は私の記憶通りの姿をしていて、あぁよかった、彼女がここにいてくれてと場違いにほっとする。何度も、ほっとする。
「え? そう言えば、確かにここ最近姿を見ていませんね」
予想はしていた、芳しくない答え。だからそう落ち込むこともない。
「そっか。わかった、ありがとう」
頷いて、談話室を後にする。
ちらちらと雪の降る窓が見える廊下を歩きながら、はっと気が付いた。思わず自室へ走って、息を整える間もなくずるずると床に腰を下ろしながら、胸の中心を掴む。
瞼の裏に見えた魔力のライン。無数の線の向こうに、影にうずもれていく魔力。あれだ。あれが、私の、エドモンの形。これがあるということは未だ繋がっているということ。
「────よか、った」
一先ず、座に還ってしまったというわけではないようだ。
そこまで考えて、あぁ私は彼が私の傍を離れるわけがないと思っていたのだと思い至る。あまりにも遅い話ではあるけれど、でもだって、彼はずっと私の傍にいたのだ。そんなことを考える暇を与えてくれない程に。
「えどもん、だんてす」
名前を呟いてみると、心が微かに跳ねる。心臓ではなくて、なんかどうも体の中心辺りにある『ナニ』かが。
「……会いたい、んだけどな」
人が望んでもいないのにナビゲーターを務めて、俺にとってのお前の神父になるつもりはない、なんて言いきっておいて、最後はあれなのだからなかなかに傍若無人の天邪鬼で親切者だ。
「えどもん、」
もう一度、名前を。
「俺の名前を呼んだか」
硬いその声に床へ落ちていた視線が、弾かれるように反射的に持ち上がる。するとそこには濃い緑を身に纏ったその人が、部屋の中心に現れていた。
「なん、で」
「さぁな。お前が呼んだのだろう?」
不敵な笑みと共に手を差し伸べられて、いつものように手を伸ばす。そうして視界の中に入った令呪は、一画欠けていた。
────いつか人理修復中の、特異点を見つけるまでの休憩時間に読んだことがある。令呪と言うのはそれだけで魔力の塊であり、そのサーヴァントが行えないことすらも起こすことが出来る。たとえば遠く離れたサーヴァントを次元の壁を突き破って呼ぶことも、可能だと。
さっきの言葉で私は彼を呼んでしまったらしい。ただの呟きだった筈なのに、想いに反応して呼ぶとは、なんとも制御の難しいモノだ。いや、そう思い込みたいだけで私はとても会いたかったのだ。
「どこに行ってたの」
わたし、寂しかったのに。
立ち上がって、その外套の前を両手で掴んで言葉を落とす。すると、くはっ、と彼特有の笑い声が零れて抗議しようと顔を上げて驚いた。
ち、かい。思っていた以上に、顔が近い。ふわりと香る煙草の煙は私を安心に導いてしまう。あぁ、だめ、私はまだ怒っていたいのだ。私の傍を離れて何処かに行ってしまったこの男を。でももう怒れない。この香りが私の傍に戻ってきたというだけで、もうそれでいいのだと思ってしまうこの自分の浅ましさが恨めしい。
「いやな、あまりにも殊勝なことを言うモノだから笑ってしまった」
「何それ」
離れようにも、ぴたりと体はくっつけられ、手首は取られてしまい、足は何かに縫い付けられているかのように力が入らない。
「そんなお前にこれをやろう」
取られた手首を返され、ころんと掌に何かが落ちてくる。銀色の四角いそれは、ジッポーだ。シンプルでどこか懐かしい気もするけれど、彼が使っていた物とは違うような気がした。私は彼の煙草に火を点けたことがあるから、まぁまず間違いはないだろう。
「私、たばこ吸わないよ」
「知っているとも。だからそれを使うのは俺だ」
つまり、俺が普段使うものをお前が持っておけと、俺のライターをお前に預けると、煙草に火を点けるときに傍に居ろと、煙草中毒のこの男はそう言うのだ。それは、ずっと傍に居ろと言うことで。
「……っかりにくいなぁ、もう」
「そうか?」
そうだよ、と笑いながら、ポケットにしまった私は世界で一番有名な復讐者として名を馳せた彼に体当たりして、頭をこすりつけ無言で抱擁を強請る。それでもそれが何を指し示しているのかわかってくれたみたいで、するりと外套で背中が覆われる。
「うん、でも大好きだよ。これからも傍に居させてね」
「まったく、強欲な奴だ」
けれどそれは了承の言葉。
ちいさくつむじに落ちてきた体温に私は顔をにやけさせながら、今日の晩御飯に思いを馳せるのだ。
エドモンは自分のジッポーは自分が消えたら消えてしまうから、マスターに渡すための実物を手にしにレイシフトを行っていたんだよって言う補足。