消費魔力削減のため、黒いローブを身に纏い歩く。こうした老人の姿であったことは、この地では殆どない。だが冠位を脱ぎ、契約は施設経由となっているとはいえ、この身を維持するための魔力は生半可なものではない。おそらく、契約者は気にするなと言うのだろうがな。

「あれ、山の方」

背後から声をかけられ、それに振り返る。この身である時は気配遮断などのスキルが著しく落ちるが故だ。契約者の接近にここまで気が付けないというのも考え物ではあるが、ここでは平和という概念が体現されている。これが契約者の望んだ世界。

「今日はそっちの姿なんですね」

そう言われ、契約者が見るまでそれを感知していなかったということはあまり意味のなかったことか、と思い至る。だが、幾分か見易くなった表情は笑んでいるのが容易に分かった。平素はつむじを見ているせいでか、どことなく不思議な感情が胸中を満たしていく。

「たまにはな」

フードの下でそう告げると、そっと首を傾げた契約者が目線を合わせてきた。表情は未だに笑んでいて、草原で見る太陽のように輝いている。さらりと落ちた髪は少女のもので、細く煌めいて。

「うん、いいですね。目線、近くなってこれはこれで嬉しいです」

いつもの大きな山の方に傍に居てもらうのも中々心臓忙しないぐらい嬉しいんですけどね、と屈託なくいうモノだから、これだから契約者は、と思ってしまうのも致し方のない事であろう。

「そうか」
「ふふ、お得ですね」

先程から何が楽しいのかゆるんだ表情は崩れず(いや、随分とゆるんでいるのだから崩れているといえば崩れているのだがとにかく変わらず)、珍しく雲間が切れて光が射しこむ廊下を歩いて行く。それに随伴しようと足を動かしたところで、そっとローブの袖端を掴まれた。

「……」

上機嫌な契約者は鼻歌を奏で、歩を進めていく。
地面に降り積もった雪と、どこかキレのある陽射しで契約者は仄かに光る。生きている人間と言うのはそれだけで光るものだが、人理を正すと崩壊しかけた身体を引きずって言い切った契約者は、生命に満ち溢れている。今、何者にも脅かされていないこの時でさえも。

その姿が、その魂が潰えるその時まで、こうして笑っていてくれたらと、光の射す道を歩めたらいいと、この身は亡霊であるというのに────。

「おーい、マスター」

と、そこで廊下の向こう、未だ死角となっている場所から銃を撃ち鳴らす英霊の声が聴こえる。走ってきた金髪の少年は契約者を見つけるなり、ぱっと顔を明るくし手を振って来た。

「見つけた! 山の翁さんと一緒だったんだね」
「え、あ、うん」

ちらりとこちらを見た契約者が少し驚いた表情をしたのに、僅かに頷く。

「エミヤさんが食堂で呼んでたよ。何かお昼ご飯の相談したいんだって」

以前言っていた、契約者の故郷の食事を再現すると言っていたことか、と内心でアタリを付ける。

「わかった、ありがとう。でも館内放送使ってくれたらよかったのに」
「うーん、個人的な話だからじゃないかな? そういうところお堅そうだし」
「確かに」
「じゃ、僕は見つかったって伝えてくるから、マスターはゆっくり来ていいよ!」

小さくよく動く英霊はそう言い残して来た道を戻っていく。

「……ところで」
「どうした、契約者よ」

掴まれた袖を引っ張られ、ゆっくりとまた足を進め始めたところで、少しばかり訝しみが入った声が掛けられた。

「何でいきなり戻って?るんですか」
「さぁな」

契約者にジウスドゥラと名乗った老人の姿から、骸骨を面に嵌め込んだ姿になったのは単に気まぐれと言ってもよい。そういうことも、ここでは良いだろう。我がこの姿になったことも気が付かない程度の流動であるのならば、これぐらいは。

しかし納得のいっていないような契約者は、それでも袖から手を離しはしない。

「拗ねるな、契約者よ」

故に、笑顔から一転した気難しそうな横顔をするその矮躯を持ち上げ片腕に乗せる。

「……拗ねては、ないです」

硬直しかけた身体はゆっくりと力が抜かれ、こちらの肩に体重を預けてくる。その妙な物言いに笑ってしまったが、まったく今日も勝てそうにありません、と諦めた言葉が落ちて我らは二人、食堂へ。

これこそが平らかな世なのだろうと、そう思いながら。