最初見た時、おそろしいと思った。
人間のような見た目でいて、人間では到底たどりつくことのできない腕力・膂力・跳躍力、その他を持った彼らは確かに精霊と同じ場所に立つ────英霊なのだと。
あなたのよこがお
人理継続保障機関、カルデア。
48人のマスター候補を集め、第一次作戦展開をしようとした矢先、この施設は爆発した。瀕死状態となった47人は凍結睡眠を施され今も眠っている。そうして残された1人は20人足らずの職員のバックアップと共に今も人理を継続させるために、英霊たちを連れて一人の人間としてレイシフト先で奮闘しているというのが現状だ。

カルデアのシステムを通じて多くの英霊を喚び、契約し、受肉させ、英霊の座ではなくここに留まらせている。
その中に彼がいた。

「クリスティーヌ」

静かな声で、カルデア唯一のマスターを愛称で呼ぶ。もしかしたら彼には愛称のつもりなんてないのかもしれないけれど、私は、初対面で彼がマスターをクリスティーヌと呼んだ時より、ずっとやわらかな想いに包まれていることを知っている。

「うん、どうかした? ファントム」
「いいえ、何も」
「変なことを言うね」

マスターが初めて『欠片』と呼ばれる力の塊をくべて能力を向上させたのが彼であり、絶対の信頼を於いている英霊。もちろん、マシュ・キリエライトもその一人なのだろうが、それとはまたベクトルが違う。それだけは、わかる。

名前を呼んで、それに相手が応えてくれる。それそのものが、ただそれだけのことが、酷く愛おしい行いかのように今日もまた彼は眼鏡の奥で微笑むのだ。




ある日、現在私たちのリーダーであるDr.ロマンの元へ書類を運んでいた時のこと。
カルデアの一階中央にある、英霊たちの談笑室を通ろうとした時、私はそれを見てしまう。他の英霊たちと話すマスターを、少し離れたソファに座って眺めている彼を。

仮面を外し、異形の顔を眼鏡に付与させた幻惑で隠した彼。ぼろぼろだったマントはマスターからのお祝いで新しいモノに。戦い方だって、ずっと猫背だったのに、しゃんと紳士のようにうつくしい立ち振る舞いで、ひどく美しい暗殺者となった。
まるで、本当にマスターを導く『ファントム・ジ・オペラ』のよう。マスターの傍に立つことを決意し、その横に立つ時に恥じないように紳士然足ろうとする姿。

その中に時折、一抹、別のものが混ざる。

────あぁ、まただ。

まるで少年のような瞳。視線に色があるとすれば、きっと透明なそれ。
ただただ、何の情を籠めることもなく、ひたすらに真っ直ぐな視線。

マスターは、この視線を一身に受けて、なお知らない。彼の横顔がどれほどうつくしいのかを、きっと一生知らない。それでも彼にとってはそんなことはどうでもよくて、ただ眺めていられたらいい、そこで存在してくれたらいい、歌声のように華やかな声で笑ってくれていたらいい、そういう瞬間があるのだろう。

私はその瞬間を知っている。
きっと誰も知らない横顔。

それでも、私はそれでいいと思うのだ。
だって、私が惹かれた────惹かれてしまった彼は、マスターを慕う姿。土台、最初から無理な話なのである。
万が一、億が一にでも、その視線が私に向けられた時、私はその視線を受け入れられるとは到底思わない。とても弱い人間だから。

故に、人理継続に奔走するこのカルデアが誰の手も介入されずただひっそりと動いているこの時だけでも、彼と彼のマスターが脆く儚くも見える絆を確かなものに出来たらいいと、一介の職員でありながら願ってしまうのだ。

「さて、お仕事がんばろう」

書類を持ち直し、私は談話室を後にする。特異点を探し出せるまでのひと時の休息。それが極めて穏やかなもので、ありますように。