「ワタシモイツカ、コイヲスルノデショウカ」
私へのチョコレートを取り出しながら、彼はのんきにそう言った。受け取って、つけられたタグのメッセージにくすりと笑いを零しながら鞄へしまう。
「素敵な恋が出来るといいね」
その恋の相手は私がいいと思うのだけれど、きっとそうじゃない。こうして想いを告げられず、ただポストの中身を受け取るだけの私では、きっと彼の瞳には写らない。悲しいけれどそれが現実なのだ。
たとえ彼がポストであろうともロボットであろうともそれはさして問題じゃないのだ。そんなものどうにでもなる。けれど、写らなければ意味がない。
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
ずっと見ていたせいで、その表情が声音が大して動かない硬い体でも何となく嬉しがっていることが分かってしまって、どうも心が痛くなった。
ヒミツノコイ
「レンアイッテ、アマイノデスカ?」
好奇心旺盛な彼は、私にいろんなことを訊ねてくる。それはバレンタインポストという役目からわかる通り恋愛のことばかりで、たびたび私は答えに窮する。だってどうすればいいのだろう?恋愛はどういうものなのかとか、胸の疼きについてだとか、チョコがどういう味なのかとか、……好きな人はいないのか、だとか。
「さぁね、甘い人もいれば、苦い人もいるだろうし、チョコみたいなものだよ」
「チョコミタイナモノ……ムズカシイデス。チョコヲワタシハヨクシリマセン」
絶賛、私の恋は苦いのだけれど、そんなことを言ってもしょうがないし、伝える気もない。
「うん、難しいよ」
「ニンゲンデモ、ムズカシイノデスカ」
「そりゃあね」
身体を傾けて、疑問を呈するキミは可愛らしくて私はすこし笑ってしまう。あぁ、なんで彼なんだろう。そういった悩みがたまに首をもたげてしまうけれど、もう散々と考えて『彼がいいのだから仕方ない』と今は素直に頷いている。うん、だって仕方がない。彼がいいのだ。
赤い体で、大して動かない表情だって、好奇心旺盛でいつか死んでしまいそうなところだって、硬い体で外から彼が帰って来て触ると凍傷になってしまいそうなところだって、ぜんぶがぜんぶ、憎めないし可愛いし大好きだ。
「デンチガキレソウデス」
「あ、もう? じゃあ変えようか」
後ろに回って、鞄から電池を取り出して軽く断り電源を落として蓋を開ける。もう慣れた動作だ。パッケージから電池を取り出して、嵌め込む前。
「あのね、好きな人は、キミなんだよ」
ずるい私は、臆病な私は、絶対に聴こえることがないと知っていて、そう言葉を落とした。電源が切れている時だけに言える感情に何の意味があるんだろう。いいや、ない。ないのだ。
唇を噛んで、電池を嵌め込んだ。
ある日、ポストくんに会いに来ると、またチョコレートが入っていた。渡されたのは赤い箱。何の変哲もない、いつものチョコレート。私の大好きなお菓子の一つだ。
「ありがとう」
裏返して、全部のチョコに添えられるタグを見ると、すきです、と。
すこし、顔が赤くなるのが分かる。あんまりにも真っ直ぐな言葉。私はこの人に好かれるようなことをしたんだろうか。していたらいいな、と、思う。誰なのかは現状だとはわからないけれど、恋愛的じゃなくても恋愛的でも、誰かに好印象を持たれているというのは悪くない。
恋愛的な意味だと多少面倒なことに発展する可能性もなくはないだろうけれど、まぁわりと安めなお菓子だしそんなことはないと思う。ありがたく受け取って美味しく食べよう。
そうしてやってきた二月十四日。
私は座ってBOXの中身を見て差出人を確認していた。あぁ、これあの人だったんだ、なんて笑いが零れたりする。
「あれ、これ差出人ないや」
バレンタインポストの不思議の一つに、ポストを通る贈り物は名前が隠されるというのがある。しかしそれは二月十四日に解ける期間限定の呪いのようなもので、他の物は全部送り主がタグに浮かび上がっていた。
けれど、あのチョコには誰の名前もない。ほっとしたような、残念だったような。自分でもよくわからない。
「────ソレハ」
「うん」
「……」
途切れる言葉。落ちる沈黙。あぁ、もしかして差出人を覚えていないから記載が出来なかった、とかだろうか。ロボットが忘れるなんて、とはいわない。データが飛ぶことはあるのだ。だからそれを責められるはずもない。
「ワタシカラ、デス」
世界が止まる。
……今、彼は、何と言ったのだろう。『わたしからです』。私の耳がおかしくなっていなければ、確かにそう言った。彼に発音不明瞭と言う言葉はあまりにも似合わないほどだから聴き間違いなどほぼ発生しないし、であるのならば私の耳がおかしくなったか正常かという問題になる。
「え?」
「ワタシカラノチョコデス」
はっきりと、一文。
タグを見下ろして、もう一度彼の方を見ると、赤い体が、もっと赤くなっているような気がして、私は立ち上がって両腕を広げた。
ねぇ、それ、自惚れちゃうからね!
今更ダメって言わないでね!